産経west記事と少し前のYahooニュースからです。熊本県とその周辺の一連の地震、震源地が東へ移動しているらしいです。
産経west記事:広がる震源域、その意味は 地震600回超、熊本南部も警戒呼びかけ
Yahooニュース:「震源、じわじわと東に」 別の活断層に影響の可能性
弊ブログで書いた通り、ここは中央構造線の日本の地溝帯。複雑な断層がいくつもあり、地殻の応力が複雑にあり、地質時代から地震が多く発生していました。
グーグルマップの空中写真で、熊本南西沖上空から中央構造線のラインを見てみました。
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九州の島を南と北に分け、四国の中央部山地の北側は一つの線のようにいきなり瀬戸内の平野になってます。
この線は、海を隔てて本州和歌山県北部の紀の川沿いの山脈になり、さらに東へ伊勢市から鳥羽市への線と続き、伊勢湾口の神島、さらに渥美半島へと続いています。
14日夜の最大震度7の地震の後に、16日未明の地震では、有明海などに津波注意報が発表され、震源域が西へ広がっているように感じていましたが、その後に頻発する地震の震源は東へも移動しているそうで、誰かが、そのまま海を越えて、四国でも地震が頻発するのでは?とか言っていました。
産経west記事の図から。これはよくわかりやすいです。
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この一連の地震活動、過去には無かったそうで、つまりは「有史以来」。1979年に御嶽が噴火した際も有史以来とされていましたが、有史以来なって、たかだか千年程度のスパンです。
自然の活動ではわずかな時間スパン。
熊本の一連の地震は、日本の大断層帯ですので、地質史的には大きな活動があった場所で、どのような地震活動の推移なのか、よく分からない部分があるとおもいます。
実際に、気象庁もそんな見解を出していました。
余震がとにかく多い。こんなに余震が多い地震も初めて、ということですが、これで我々は一つ覚えました。
中央構造線からは少し外れますが、方丈記によれば12世紀の京都で大地震が起こったそうで、その地震では余震が一か月以上も続いたそうです。
幕末の今の長野県では、長野盆地西縁の断層による善光寺地震があり、これも余震活動が頻繁に起こっていたと伺っています。
この先は、非科学的ですが、善光寺地震以降、安政の東海地震・安政の南海地震・安政の江戸地震と続き、徳川幕府の弱体化で政情不安の時世の中の災害で、政情不安だと自然災害が多い、という話も聞いたことがあります。
現代の日本はどうか。2011年の東北地方太平洋沖地震(東日本大震災)など、大きな地震があり、中央構造線沿いの内陸地震は、南海トラフの海溝型超巨大地震の予兆かもしれません。
産経west記事:広がる震源域、その意味は 地震600回超、熊本南部も警戒呼びかけ
Yahooニュース:「震源、じわじわと東に」 別の活断層に影響の可能性
弊ブログで書いた通り、ここは中央構造線の日本の地溝帯。複雑な断層がいくつもあり、地殻の応力が複雑にあり、地質時代から地震が多く発生していました。
グーグルマップの空中写真で、熊本南西沖上空から中央構造線のラインを見てみました。
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九州の島を南と北に分け、四国の中央部山地の北側は一つの線のようにいきなり瀬戸内の平野になってます。
この線は、海を隔てて本州和歌山県北部の紀の川沿いの山脈になり、さらに東へ伊勢市から鳥羽市への線と続き、伊勢湾口の神島、さらに渥美半島へと続いています。
14日夜の最大震度7の地震の後に、16日未明の地震では、有明海などに津波注意報が発表され、震源域が西へ広がっているように感じていましたが、その後に頻発する地震の震源は東へも移動しているそうで、誰かが、そのまま海を越えて、四国でも地震が頻発するのでは?とか言っていました。
産経west記事の図から。これはよくわかりやすいです。
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この一連の地震活動、過去には無かったそうで、つまりは「有史以来」。1979年に御嶽が噴火した際も有史以来とされていましたが、有史以来なって、たかだか千年程度のスパンです。
自然の活動ではわずかな時間スパン。
熊本の一連の地震は、日本の大断層帯ですので、地質史的には大きな活動があった場所で、どのような地震活動の推移なのか、よく分からない部分があるとおもいます。
実際に、気象庁もそんな見解を出していました。
余震がとにかく多い。こんなに余震が多い地震も初めて、ということですが、これで我々は一つ覚えました。
中央構造線からは少し外れますが、方丈記によれば12世紀の京都で大地震が起こったそうで、その地震では余震が一か月以上も続いたそうです。
幕末の今の長野県では、長野盆地西縁の断層による善光寺地震があり、これも余震活動が頻繁に起こっていたと伺っています。
この先は、非科学的ですが、善光寺地震以降、安政の東海地震・安政の南海地震・安政の江戸地震と続き、徳川幕府の弱体化で政情不安の時世の中の災害で、政情不安だと自然災害が多い、という話も聞いたことがあります。
現代の日本はどうか。2011年の東北地方太平洋沖地震(東日本大震災)など、大きな地震があり、中央構造線沿いの内陸地震は、南海トラフの海溝型超巨大地震の予兆かもしれません。